戦敗退後・・ プロのレベルを見てみたいと思い少しみてみた
「これくらいでプロなの?」 見た瞬間俺には そこらへんにゴロゴロいる雀ボーイとしか 思えなかった
帰りのエレベーター下の階のボタンを押した・・・・ 負けた奴は降りろ・・・そんな風に感じながら 帰っていた
勝負は時の運・・・・エレベターには俺以外にもう一人の敗者がのっていた・・・・ そう!それはミューの代表 井出洋介さんだったのだ、
私は一言
「麻雀は 筋書きのないドラマですからね・・・負ける時もありますよ」
今でも麻雀の事をそう思っている・・・ 筋書きを描いても 勝てないときは勝てないのが麻雀だ
( 実話です・・ 井出さん本人ももしかしたら覚えているかも)
(23歳の糞ガキが生意気言ってすいません しかしキャリアはすでに その時雀暦20年です)
しかしここで考えてみよう
あそこで負けていたからこそ ・・ 今の飲まない 賭けない 吸わない・・・という麻雀が 全国的に広まったのかもしれない
ある意味 天に導かれた選択だったのかもしれない・・・・
この後 福岡に帰り いろいろな角度から プロになる為の道を探しました
先生の資格を取ろうと思ったのもその頃です
しかし そのほとんどが東京に行って リーグ戦に参加をしないといけないものでした 福岡にあるのはCリーグ・・・・
なぜ今さらCリーグから俺が・・・・ 妙なプライドが邪魔をして そちらの道には行きませんでした
しばらく して 飲まない賭けない吸わないの健康麻雀の話しを聞いたりして
4段とれば・・ 全段審の麻雀アドバイザーの資格の事をしりました
その後 1年に1度ある大会に 参加しまくったのです
1年に1度の100人規模の大会で 10以内入賞で1段UP
過酷なものでした こんな事なら最初の大会 段を拒否しなければ・・・・よかった
それから数年後・・やっとの思いで 入賞を繰り返し 4段を所得しました
今現在 軽い気持でプロになろうと思ってる方がおおいです
どんなプロにしろ そんなに甘いものではない
2008年 北京オリンピック公開競技に麻雀を・・・・・・・ その時です こんな話が僕の耳に入ってきました
急いで問い合わせ 麻雀博物館から 世界大会ルールブックを10冊 買い 大会準備です
世界大会ルールとは 日本の麻雀とはルールがかなり違いました
しかし 東京や大阪には練習する場所があったのですが 福岡にはない事を知りました
九州で その当時1番偉い方 組合の方と知り合いだったので連絡をとり
お話した所・・ 九州代表推薦枠で 第1回世界大会参加が決定した
しかしココからが大変 いくら本でルールを読んでも それを毎日できる環境がなければ
覚える事も困難 対戦相手もいない まま 本番一発勝負を迎えて参加したのである
記念すべき 第1回大会に出場できたのは すばらしい事でした
とりあえず 偶然優勝して それから ルール覚えよう ぐらいの感覚だったのですが
そんな甘いものではなかったです
しかし いろいろな貴重な 大会経験をしたのである
前夜祭的なパーティーにも参加できて 二階堂姉妹 亜樹さんは参加していなかったのですが
留美さんを見る事もできました・・・・
第 7話でお話したいと 思います・・・ つづく
第7話 世界大会九州代表!



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